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熊本地方裁判所八代支部 昭和31年(ワ)148号 判決 1957年3月26日

原告

境卯太郎

被告

有限会社本村洋服店

外一名

主文

被告等は原告に対し各自金六万二千六百二十円及びこれに対する昭和三十一年十月三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その二を原告のその余を被告等の負担とする。

本判決は原告が金二万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

被告〓島末喜が被告会社に雇われ、同会社の事業のため、同会社所有の「オートバイ」を運転して八代市に向う途中、原告主張の日時、場所で原告に衝突し、原告がその主張の部位(注、右側陰のう(睾丸)そけい部打撲、両膝部打撲擦過傷等)に傷害を蒙つたことは当事者間に争がない。成立に争のない甲第二乃至九号証及び原告本人尋問の結果、被告〓島末喜尋問の結果の一部を綜合すれば、原告は右衝突の結果原告の右側陰のう、そけい部に腫脹、硬結圧痛を生じたこと、右傷害を蒙つたのは、被告〓島末喜が右「オートバイ」の運転中前方注視の義務を怠り、且運転を誤つた過失によることが認められる。被告等は原告が右「オートバイ」に衝突し、傷害を蒙つたのは原告にも過失があつたからであると主張するから考えるに、成立に争のない甲第三、四号証、同第六、七号証、証人福田正偉の証言原告本人尋問の結果を綜合すると、前記衝突現場である道路は有効幅員約七米あり、約七百米前方から見透し可能の地点であること、右衝突個所は道路中央から東側寄りの平岡商店の前二米及至三米の地点であること、原告はその反対側鹿島小学校の側から反対側の平岡商店に行くべく斜に約五米以上歩行し平岡商店の側に横断中であつたこと、右道路横断中は鹿島小学校の塀際で運動会の予行演習を見物するため十五、六人の人が立つていた外道路上には車馬の往来が認められなかつたこと、原告は当時六十九歳の老年であつて、歩行は緩慢であつたものと推認せられること、被告〓島に時速約二十二、三粁の速度を以て進行し、約八米の前方において初めて道路を横断中の原告を発見し警笛を鳴らしたこと、その際原告は一旦その場に停止したので、被告〓島末喜はその侭原告の前方を通過できるものと軽信して、わずかに「ハンドル」を左折して進行したところ、原告も前方に歩き出したので、その前方約三米の地点に接近してあわてゝ急停車の措置を採つたが及ばず、原告と衝突したことが認められる。成立に争のない甲第三号証実況見分書中被告〓島末喜の指示にかゝる原告を発見した際の原告の位置は成立に争のない甲第四号証竝に右「オートバイ」の速力と衝突個所までの距離とを対比し措信しない。他に右認定に反する証拠はない。従つて原告が被告〓島末喜の「オートバイ」が進行して来るのを認めながら「オートバイ」の前方に歩き出したことは明かであるが、右認定の状況からすると、その当時他に車馬の往来はなく、原告は鹿島小学校の側から斜に平岡商店に行くべく道路を横断して平岡商店の側に約五米位歩行していたものであり、原告が右「オートバイ」の警笛の鳴るのを聞いて一旦停止したのにすぐ右「オートバイ」の前方に歩き出したのは、右「オートバイ」が近接しており、むしろ「オートバイ」は鹿島小学校の側のより広い路面を通過するものと判断した結果であることが推認せられ、かゝる状況下に歩行者が周章狼狽して進退を誤り、却つて自動車の前方に飛び出す場合も少くないことは経験則に照し明かであつて、これを歩行者である原告の過失に帰することは相当でないと考える。むしろ、運転者である被告〓島末喜は原告が道路を横断して反対側に至る間に二、三十米前方からこれを発見し得たであらうことは容易に想像されるところであるし、若し、右発見が早ければ、その間に十分にこれに対処し、被害を未然に防ぐことが可能であつたものと考えられる。しからば、同被告が僅に約八米位の近距離に近接して原告を発見したことは前方注視義務の不履行に基因するものであり、更に、発見後直ちに減速して急停車の措置を講ぜず、その侭「ハンドル」を左折しただけで進行したことが原告と衝突する結果を生じたものであるから、以上の被告〓島末喜の過失から考えても原告に過失があるものとして、これを損害賠償額に斟酌することは相当でない。

而して、被告会社が被告〓島末喜を雇入れ、右事故が被告会社の事業の執行中に発生したことは当事者間に争がないから、被告会社は民法第七百十五条に従い被用者たる被告〓島末喜が原告に蒙らせた損害につき、被告〓島末喜と連帯して賠償すべき義務があるものといわねばならない。

よつて被告等の賠償すべき損害額につき考えるに、証人島田敬三の証言によれば原告は昭和三十年九月二十七日前記受傷により医師島田敬三の治療を受けたが同年十月三十日頃から賢臓炎を併発し、現在迄治療費合計一万六千五百九十円を要したこと、右治療費中本件事故による睾丸の受傷に対する治療は昭和三十年十一月中まで続けその治療費は五千円余であること、右睾丸の受傷と賢臓炎との間には因果関係はないことが認められる。被告等は原告は以前より睾丸の疾病があつた旨主張し、証人島田敬三の証言によれば、原告の左側睾丸は陰のう水症であることが認められるが本件事故による受傷は右側睾丸であるから、被告等の右主張事実により原告の本件事故による疾病を否定することはできない。従つて本件事故による医療費は五千円と認める。次に証人福田正偉の証言によれば原告は右睾丸の受傷のため昭和三十年十一月十四日から同三十一年一月十九日まで鍼灸師である福田正偉から鍼の治療を受けその治療費一万千五百五十円を要したことが認められる。次に原告の右事故により喪失した利益につき考えるに、右証人島田敬三、同福田正偉の各証言及び原告本人訊問の結果によれば、原告は田二反五畝、畑五畝余を有して農業に従事し、年間約六、七万円程度の収入を得ていたことが認められるから一日二百円の収益があつたものと認めるのが相当であり、又原告は本件事故発生以来少くとも原告主張のとおり一年以上休業していることが認められるがその中本件事故による休業日数は事故発生の昭和三十年九月二十七日以降鍼治療を継続した昭和三十一年一月十九日までの百十五日間であると認めるのが相当であつて、その以後は主として前記賢臓炎のため休業を余儀なくされているものと認めるのが相当である。しからば原告は右事故による受傷のため百十五日間に二万三千円の得べかりし利益を喪失したものと認める。次に慰藉料につき考えるに、前記認定の事実に弁論の全趣旨によれば、原告の右事故による受傷は未だ全治するに至らず、歩行にも多少苦痛を感ずる状況にあること被告等においても原告の受傷を見舞い治療費として既に六千九百三十円を支払つていることが認められるので、以上の事実に原告の年令、境遇等を考慮すれば、原告が右傷害によつて蒙つた苦痛に対し、原告の被告等に請求し得べき慰藉料は金三万円が相当であると考える。

しからば、原告の本訴請求を原告の医療費として支払つた五千円、治療に要した一万千五百五十円、休業により喪失した利益二万三千円及び慰藉料三万円の合計六万九千五百五十円中被告等が既に支払つた治療費六千九百三十円を控除した残金六万二千六百二十円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録に徴し明かな昭和三十一年十月三日以降完済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金を請求する限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉)

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